(第4章 続き)


 背中の激痛にひるんだブルーは、耳障りな悲鳴をあげのけぞった。
 瞬間クスコはブルーの下腹部に蹴りをいれ、地面に蹴倒した。そして
 心臓めがけて槍を突き立てた。雨にぬれた地面にブルーの血が広がった。
 「この野郎!」ざくざくと何度もブルーの腹を槍で刺し貫くと、クスコは
 ふらふらと後ずさり木の下にがっくりとへたりこんだ。「はあっ…」
 
 顔のネバネバをなんとかふき取ったケインの目前に、駆け寄ってくる
 二人のルナー兵が見えた。
 「仕留めたか?!」
 「おい、人がいるぞ、やられちまったかな?」
 そんな言葉はナディスの耳には入ってはいなかった。ナディスは
 かたつむりの頭を斧でこま切れにし、息絶えたブルーの背中の殻を
 叩き割るのに狂喜していた。
 「おい博士、ナディスをおとなしくさせろ!このままではまずい。」
 ケインに言われるまでもなく、マーカインは『消沈』を放っていたが
 効き目はなかった。「申し訳ありません、だめみたいです。」
 業をにやしたケインはナディスのもとに駆け寄ると剣のつかで
 うなじを一撃した。急所をうたれたナディスはがっくりと膝をつき、
 失神した。痙攣した笑顔を留めたままケインに後ろ髪をつかまれ
 ずるずると柏の木の元へ引きずられていった。

 木の下に集まった4人のもとへルナーの歩兵が歩み寄ってきた。
 「おまえら、大丈夫か?食われてねえか?」
 「おい、こいつら旅人にしちゃずいぶんと重装備じゃねえか。
  ひょっとしたらサーターの残党かも知れん。…オンナまでいやがる、
  てめえら何者だ?」
 クスコはルナー兵に腕をねじ上げられ無理やり立たされた。
 「痛いいたい、ちょっとなにすんのよ!」
 「隊長ー!怪しい人物を発見しました!ひょっとしてコイツがカリル?」
 

 「カリル・スターブロウは赤っ毛だ。お前たち人相書を見てないのか。」
 馬のひづめの音とともに、張りのある声が聞こえた。クスコはその声に
 聞き覚えがあった。
 雨に濡れた銀色の髪を垂らし、馬上にルナーの印の付いた鎧をまとい
 奇妙な仮面をつけてはいるが、半分見えるその顔はクスコが心の奥に
 隠していた思い出を激しく揺り動かした。
 「ファーレン!?」

 「クスコ!」ファーレンも不意をつかれ一瞬動揺したが、そのさまを
 見せまいと努力した。
 「隊長、この女をご存知なんですか?」「引っ立てたほうがいいのでは」
 部下たちの声を無視しファーレンはクスコを見つめた。クスコは自分の
 思い出の中の彼が目の前にいるのが信じられなかった。あまりにも
 変わってしまい、またあまりにも同じ声の響きだったからだ。
 「ブルーはどうした?」ファーレンは部下に問うた。
 「はっ、2頭とも死んでおります。私の放った矢が無駄にならずに
 嬉しいであります!」
 「そうか…その連中はほっておけ。野営地を襲ったブルーの討伐は
 すんだのだからな。食われた部下も喜ぶだろう。行くぞ!!」
 銀月のファーレンは馬の向きを変えた。そしてクスコのほうを
 振り返ると静かに言った。
 「クスコ、俺を追ったりするなよ。この先は危険だ。これは忠告だ!」
 そうして馬に鞭をくれると部下と共に走りさっていった。
 ようやく止みつつある雨のしずくを受けたまま、クスコは呆然として
 立ち尽くし彼らが去っていくのを見つめていた。