第4章 続き


 雨雲はようやく晴れはじめ、月の光が地上にさしこんだ。
 「クスコさん!クスコさん!大丈夫ですか?!」
 マーカインに肩をつかまれ、クスコははっと我にかえった。ずぶ濡れの髪から
 しずくがきらりと光ってこぼれ落ちた。
 「あ、ああ…。」
 「よかった、私もう怖ろしくて見ていられませんでしたよ。傷は?毒は?」
 せわしなく自分の体に手をかざし安全を確かめる博士を
 クスコはぼんやりと眺めていた。
 ケインが近づいてきてクスコに低い、だがはっきりとした声で問うた。
 「クスコ、あのルナーの男と知り合いなのか?」
 「う…。」
 「お前はあの男をファーレンと呼んだな、なにやら妙な仮面を被っていたが。
 なぜ分かった?やつもお前の名前を知っていた。どういう関係なんだ。」
 
 クスコは答えなかった。下唇をきゅっとかみしめ、地面に視線を落としたまま
 沈黙してしまった。
 気まずい雰囲気を察したマーカインが割って入った。
 「ともかく、移動しませんか、ブルーの死体のそばにいるなんて気持ち悪いし
 危険です。行きましょう、ね。」
 「うむ。」ケインは倒れているナディスの上にかがみこみ頬に軽く平手うちを
 いれた。「おい、起きろ!混沌の狩人!夢から覚めろ!」

 「ハッ!」正気にかえったナディスはあたりをきょろきょろ見回した。
 そしてブルーの惨殺死体を見ると飛び上がって叫んだ。「ウッホー!」
 「俺すげえ!一仕事したな!ウラララララララララララララーー!」
 「もう一匹はクスコさんが仕留めたんですよ、危ない所でした。」
 「やるじゃねえかクスコ!伊達に聖堂戦士じゃないってか?ええ?」
 「うるさい!!」
 

 大喜びでクスコの回りを跳ね回るナディスは思わぬ一喝にとまどった。
 「何だってんだよてめえ、何怒ってるんだ?」
 子供のようにむくれ顔のナディスをかえり見もせずクスコは歩き出した。
 「行きましょう。」
 残された3人は顔を見合わせ、黙ってあとを追った。


 「ああ、見苦しいわねえ。あんなモノを私たちと同類にするなんて!
 人間どもの愚かしさときたら!」
 柏の木の枝の陰、きいきい声でささやく小男がいた。
 その顔は奇妙な色に化粧され、ぶくぶくと太った体が落ちないように
 短い腕で樹の幹にしがみついていた。その肩の上には白ねずみが
 ちょこんととまっている。
 「ふん、好きなように言わせておけ。所詮人間どもには我らの恐ろしさが
 理解できぬのだ。短い寿命をながらえるのにあくせくしながら塵となる
 だけの連中よ。ふっふ。」
 樹の枝に膝をひっかけ、逆さまにぶら下がっている男がいた。その頬は
 高くはり骨太な顎は厳つくとがっていた。ふうーっと息をはくと酷薄な
 笑みをうかべ、口元に牙を光らせた。
 「ガーベラ。」くるりと一回転し枝の上に座りなおすと、男は無言の
 命令を下した。ガーベラはそっとその白い腕を差し出した。
 ダリオは柔らかな女の腕に牙を立て、肉を食いちぎった。
 すぐ目の下のブルーの存在に混沌の血が共鳴しあい、ダリオの体内で
 どくどくと沸きかえり熱い血肉への欲望を煽り立てたのだった。