(第3章 続き)
窓辺に卓を寄せて、マーカインはパイ屋のかみさんから奪った石版をいつまでも
見つめていた。夏の夕暮れの光もそろそろ淡くなってくるころだ。
「マーカイン、それが何かしたの?」クスコがあくびをしながら尋ねた。
「村の女房がそんなに珍しい物を持っていたとは驚きだな。」
ケインがつぶやいた。とたんにマーカインは両手をバン!と卓上にたたきつけ
はじかれたように立ち上がった。
「わかりました!なにか気になってしかたがなかった理由が!
この石の刻み目、これは文字ですよ。大変な発見です!」
マーカインは鼻息を荒げて叫んだ。
「いいですか、わが偉大なるランカー・マイ神の神殿の書庫には古の記録が
いくつか遺されております、それらのほとんどはいまだ読み解かれておらぬの
ですが、これは私が学んだ古代文字のひとつです。」
「何て書いてあるんだ?」
「ええ、ひどく磨耗していて読みづらいのですが、『こ こ に 封 じ 』と
いう部分ははっきり残っています。その下の刻み目も多分文字なのでしょうが、
未解読の文字らしいうえに石版が欠けていてわかりません。ああっ、せつない
じれったい!自分のばかばか!」
マーカインは頭をかかえ身悶えした。
「ふーん、『封じ』ってことはなにか良くないモノをその石の板で封じ込めてた
のかな?」クスコが何気なくつぶやくとケインも考えこんだ。
「…もしそうなら、今は封印が解かれてしまっているんじゃないか?…」
「イヨウ!何してんだお前ら、しけたツラしてんな!」
ナディスが勢いよく部屋に入ってきた。珍しく体を洗ったらしく
濡れ髪が光っている。その上ご丁寧に全身にバイソンの膏を塗りこみ、
全身をてかてかと光らせて獣臭いにおいをふりまいている。
「今夜は俺はりきるぜえ!こんだけめかしこみゃあユーレーリアンの女どもに
モテまくり間違いなしよ。ケインあんたも来いよ!気晴らししようぜ。」
黙ってかぶりを振る3人を見てナディスは肩をすくめた。
「へっ、つまんねえ奴ら。じゃな!」
意気揚々と出て行く荒野の男を尻目に、マーカインは卓上にインクや
羊皮紙など学者の七つ道具をばらばらと取り出した。
どうやら夜を徹して謎を解き明かすつもりらしい、宿屋のおかみに
ろうそくをあるだけ持って来させた。