(第4章 続き)


 天にこもった熱気が、逆巻く大風に耐え切れずひとつぶのしずくをこぼした。
 そのしずくがみずからの分身を生み、やがて空の青から舞い落ちるとき、
 地上にうごめくものたちは物影をもとめ、しばしの間身を縮める。
 ここ、街道わきに生い立つ柏の木々の枝かげにもせわしげに駆け込む
 旅人たちの姿があった。
 
 「ついてないね、こんなところで足止めなんて。」とクスコがぼやいた。
 「今日はやけに蒸し暑い日でしたが、もう降ってくるとは…オーランス
 気まぐれには困ったものです。」マーカインは木陰から手をさしのべ
 雨粒を手のひらに受けていた。「すごい大粒ですよ、痛いくらいだ。」
 「悪いけど、あたし先に行かせてもらうわ。もうちょっとで街道も
 分かれ道になるし、こんな雨くらい平気よ。短い間だったけど
 お世話になりま」
 別れの挨拶を述べるクスコの顔を、白い光がかっと照らした。同時に
 轟音がとどろき、クスコの声はかき消え、一同の背骨をびりびりと
 振るわせた。
 「うっはー、こりゃ豪気だ!ひゃっほう!」ナディスは小躍りして落雷を
 喜んだ。「もっと鳴れ鳴れ!」
 「こんな雷の中を槍をかついで歩くのか?感心しないな」ケインに諭されて
 しぶしぶクスコも樹の下に座りこんだ。「んもう、くそったれ。」
 

 雨は降り続け、黒雲は分厚く頭上に覆いかぶさり、稲妻と雷鳴は
 遠ざかるかと思えばまた激しく鳴り響き地面をふるわせた。
 「止まないな。いやな雨だ。」ケインがつぶやいた。
 「おしりが冷たい。」クスコがため息をついたそのとき、ナディスががばっと
 起き上がり斧をつかんだ。そしてわめいた。「来るぞ!!」
 「な、何ですいきなり?」マーカインは水けを絞っていた帽子を思わず
 取り落としてしまった。
 「オレが来るって言ったら決まってるだろ!混沌のヤツらだ!」
 稲妻のせいではなく、全身を総毛立たせて斧の刃を雨に光らせている
 ナディスのただならぬ様子に、ケインとクスコも武器を手に取った。
雷鳴のなか、ひづめの音とおぞましい啼き声がたしかに聞こえた。