第4章


 宿屋の朝はあわただしい。
 いそいで宿賃を払って旅立つもの、朝食のスープの味に文句をつけるもの、
 井戸ばたは顔をこするだけの者から全身水浴びする者で混み合っている。
 そんな中、男たちの視線に晒されながらクスコは髪を洗っていた。無遠慮な
 視線にはなれっこなクスコだが、今日は何かいつもと違う、そんなことを
 考えていると、一人の男が遠慮がちに口をひらいた。
 「あ、あんた、ひょっとして野蛮人と旅してるって女かい?」
 「…ナディスのこと?まあ、一緒といえばそうね。」
 とたんに彼女は男たちにわっと取り囲まれた。
 「やっぱりそうか!もう聞いたかい、あの事は?」
 「すごかったからなあ、勇敢だよな!」「ある意味ではなぁ。」
 男たちは昨夜の騒ぎの顛末を口々に熱っぽく語りはじめた。
 

 「ナディスさん、もう朝ですよ。朝食も始まってますよ!…変ですねえ。
 具合でも悪いんですか?」
 マーカインはベッドにうつぶせになったまま起きようとしない男に声をかけた。
 「何か悪いものでも食らったのだろう。」
 ケインは静かに旅装をととのえながらつぶやいた。「今日はどこまで行くんだ、
 急ぐのか?博士。」
 「うーん、私は石版のことがどうしても気になるのでパヴィスへ行こうと
 思っているのですが、ナディスさんがこの様子では…」
 「ほっといてくれ。」ナディスはうめいた。「もうちょっと、寝ていたい…」
 「ほっといてあげましょ、きっとお尻が痛いのよね?戦士様は。」
 クスコが濡れ髪をこすりながら部屋にはいってきた。「もう村じゅう、あんたの
 話題でもちきりよ。下の食堂へいけば解るわ。ごはん食べに行きましょう。」
 クスコは博士と剣士を部屋から押し出し、後ろ手にドアを閉めた。ナディスは
 声にならない声でつぶやいた。「この俺様、一生の不覚だぜ…」
 

 朝の一騒ぎが収まると宿屋は落ち着きをとりもどす。おかみの指図にしたがい
 少年がほうきを手に部屋べやをまわり、井戸端で少女が洗いものに精をだす、
 そんな光景を3人は眺めていた。
 「パヴィスに行くのか…俺はどうするかな。」ケインがつぶやいた。
 「一緒に行きませんか、寺院で礼拝をしましょうよ。私はとにかくこの
 石版のことを報告せねばなりません。新たな知識を得たものの義務ですし!」
 「私は日の天蓋寺院に戻るわ。途中でお別れね。」
 「しかし、コイツが起きないと始まらぬ。」ケインはナディスのほうに
 いかつい顎を向けた。「いつまでそうやってる気だ。どうせもう
 知れ渡っていることだ。開き直れ。」
 「置いてっちゃえば?」

 「てめえら、勝手なことばっかぬかしやがって!」
 ナディスは突然がばっと起き上がった。
 「ああ行くよ!行きゃいいんだろが!この俺様にゃ怖いものなしでぃ!」
 そう言いながら少ない荷物をかき回し始めた。3人のため息、微笑、
 ニヤニヤ笑いが部屋に漂った。
 

 朝というには遅すぎ、昼と呼ぶには早い時刻に4人は宿を出た。
 が、村を出る前に麗しのユーレーリアンたちとばったり出会うはめに
 なってしまった。彼女たちは村の共同洗濯場に汗まみれのシーツや
 ガウンを洗いに行くところだった。
 「あっ、昨日のひとよ!」「きゃ〜」「きゃ〜」「きゃ〜」
 「もう行くんですか?」「お達者で。」
 「ご武運をお祈りいたします!」「クワワ〜。」
 華やかな声援とたおやかな腕(と、羽根)をいっぱいに
 振り続ける乙女らに見送られて、4人はガーハウンド村を出た。