第1部

*第1章 
  

   闇だ。

底知れぬ闇の奥で、ただひとつわびしい灯りがゆらめいている。
ほの暗い光をちらちらと照り返すのは、奇妙にからみあう2つの裸身。
闘争する獣を思わせる荒々しい呼吸、血で濡れた口、そして牙。
青白くなまめく死者の膚を湿らせる冷たい汗。
まったくそれは人間ではなかった。
浅ましい食人鬼どもの交歓のすがただ。

その穢れた寝台の下には、食人鬼どもの情欲をたかぶらしめるために
利用された人間たちが、もはや人のかたちをとどめ得ぬほどに
食い荒され散乱していた。
 
鼻をつく異臭のなかで、食人鬼の男は低く尾を引くうめき声をあげ、
組み敷いた女の青白い身体のいたるところに食らいつき、牙のあとを
またひとつ増やす。
渦をまく耐え難い苦痛とその奥にみえかくれする快楽の
小さな火花に襲われ女はその身を波打たせる。
 
さらに新しい傷口を刻むために男が大きく顎をあげたその時、

 「ダリオ様」

闇の一隅から呼ばう声があった。低く押し殺した、それでいて甲高い
耳障りな声だった。
「ダリオ様、赤い月のものども、動き出しましてございます。きゃつらの
探し求める地はどうやら私たちと同じ『あの場所』のようでございます
これは面白や・・・ひひひ」

「それは確かか、道化よ」
ダリオと呼ばれた食人鬼は身体を動かすのを止めた。
「ふひひ、あたしの可愛いしもべたちが、なんで嘘などつきましょう。
みんなつぶらなお目目と小ちゃなお耳でしかと見聞きしてきたこと。」
 
道化と呼ばれ、またいかにもその呼び名にふさわしい奇怪な
小男の姿が灯りにちらと浮かび上がった。でっぷりと太り、
白粉をはたいたふくれた顔は色さまざまな色粉で化粧されている。
そうして寝台の枕元で死人の爪や髪を香炉で燃やしていた。
たち上るうす青い煙は食人鬼たちの媚薬となるのだ。
道化はさきほどから喜んでその役目に奉仕していた。
道化の身体じゅうには、この陰鬱たる場所にはなんとも場違いな
白ねずみたちがちょろちょろと動き回り、愛らしい顔をのぞかせていた。

「『あの場所』はエルダの峰の奥深く、人知れず埋もれておるそうな。
赤の女神とか名乗りおるあの小娘が神託とやらを受けたのですと。
それにきゃつらは『あれ』も手に入れております。
もっとも半分だけになったかけらですが・・・
いかがいたしましょう?ダリオ様」

逞しい裸身を隠そうともせずダリオは寝台から降り、枕元の小机に
置いた杯の中の赤い液体を飲み干した。
暗い灯りに照らし出された横顔のまっすぐにとがった鼻梁と
高いほお骨が、猛々しい表情にいっそう濃い闇をなげかけている。
すでに肉の昂ぶりは消えていた。
 
「仕度をしろ。1時間後に出発する。」
つややかな黒髪をかきあげ、床に散らばる死者の残骸を
ふみしだきながら大またで歩み去ろうとし、ふと立ち止まって
振り向き叫んだ。

「ガーベラ、お前もだ!・・・うすのろめが」そして闇の奥へ消えた。
道化もちょこまかとそのあとに従った。

寝台に残された青白い肌の女、ガーベラとよばれたその女は
しばし身動きせず、おのれの身体じゅうに残されたダリオの咬み傷を
見つめ、そのひとつにそっと唇をよせた。
物思いに沈む彼女の身体じゅうの傷口、
そのなかのいくつかは泡立ち、すでに再生をはじめていた。