(第1章続き)


 ルナー帝国領ボールドホーム駐留軍の百騎長、
通称「シルバームーン」のファーレンは大きな喜びに胸躍らせながら
指令本部から退出した。彼にとって、かつてない重要な任務が
下されたのだ。
この任務の成否の如何は全て自分にかかっている。部下をいかように
動かそうとも思いのままだ。無事に任務を完了し帝国に新たなる
栄光を付与することができたなら、長年夢見ていた昇進さえも
大いにありうる。ヤーナファル・ターニルのルーン王に推挙される
かもしれない・・・!
 手の中に握りしめた指揮官ユーグリプタス直筆の命令書がそれらの
空想を保障してくれているようにファーレンには思えた。
 兵舎の廊下をゆくかれの靴音も、胸の高鳴りにあわせるように
天井たかく響くのだった。


 しかし食堂に集合した兵卒たちには、彼らの上官のように希望に
燃えて、というわけにはいかなかった。ひどく困難な任務であろう
ことは、上官の張り切りようから知れたからだ。


 「今日われらに新しい任務が与えられた。畏くも赤の女神様が
ご神託によって授かった古代遺跡の正確な場所の特定である。並びに
周辺の警護、遺跡までの往来の安全確保、治安維持である。これらの
任務が完了した後イリピー・オントールの博士たちが現地にはいり
詳しい発掘調査を行う予定である。その結果しだいではあるいは
皇帝陛下がおん自ら御行幸あそばされるかもしれないという話だ。
・・・何か質問は?」

 「要するに、何でもやれってことですね」「サーターの流民でも
狩り出すんですか?」「その遺跡ってのはいったいどこに?」

 騒々しい兵士たちは上官の次の一言で石のように沈黙した。

 「寂涼丘陵の向こう、エルダ山の峰だ」


 重い沈黙のなかでファーレンは続けた。
 「たしかにあのあたりには良い噂は聞かぬ。混沌の生物の
揺籃の地であるとも言われているが、真相はわからん。我々は
その未知なる土地に勇気をもって第一歩を記す栄光を
与えられたのだ。このような重要な任務を果たさずして
男子たりえるか!」
 答える者はなかった。
 「三日後の夜明けに出発する。準備を怠るな。以上!!」
 
 ことさらに威儀を正し、ファーレン百騎長閣下は足音高く食堂を
出て行った。


 足音が遠ざかると、食堂の中は騒然となった。
「とんでもねえ任務だぜ!」「生きて帰ることなんてできやしねえ!」
「出世亡者のシルバームーン閣下、気でもふれたのか?」
「偉いさんに気にいられるためならなんでもする野郎だぜ、ペッ!」
「死にてえならてめえ一人でくたばりやがれ!イェルマリオ崩れが」
「死んだら出世もできねえのによ・・・ああ神様、お助けを」

 兵士たちは声高に上官を罵り、おのおの彼らの神に祈りを捧げた。
なかにはそっとオーランスにも助けを求める者たちもいたのである。


 部下たちが己の不幸を嘆いている間、
シルバームーンのファーレンはひとり自室で地図を広げ、これから
始まる偉大な作戦に思いをはせた。
司令官から地図とともに預かった、厳重に封をされた平たい木箱の
おもてをそっと撫でた。興奮はおさまりそうになかった。
 彼のひたいから落ちかかるほとんど銀色の髪と、つねに顔の
左半分を覆っている銀色の仮面のほほにさえ上気した血の色が
浮かび上がるかと思えるほどに。