(第1章続き)

 火の季、それは二柱の神々が覇権を争う季節だ。
 太陽神イェルムはその身を白熱するほどに燃え上がらせ、
大地を焼け焦がす。負けじと嵐の神オーランス
乾いた大地に荒れ狂い、砂煙を巻き起こし太陽の姿を
隠さんばかりに空気を黄色く濁す。
 地上を這い回るものは全て神々の猛威から逃れ、いかなる小さな
物陰にも身を寄せて息をひそめ、夕暮れを待つのだ。
 ここプラックスの北の端、生物の気配さえない街道に三つの陽炎が
ゆらめいた。奇妙な旅人たちが、熱気と埃に吹きさらされながら
てくてくと歩みを進めていた。


 「暑いですねえ、本当に。」
なぜか満足げなつぶやきを洩らすのはロバにまたがった若い男だ。
ひょろりとした長身と、まだ幼げの残る顔を不ぞろいなひげが
うっすらと縁どる。あごひげだけは長く伸ばそうと
努力しているのか、きちんと手入れされている。頭のてっぺんに載せた
白い小さな丸帽で顔の周囲の生ぬるい空気をかきまわしては、白い
手巾でひたいの汗をぬぐっている。
「当たり前だろ!何だってこんな日盛りに道を歩かなきゃ
なんねんでえ。何考えてるんだか、ランカーマイの博士ってのはよ。」
 ”博士”にかみついたのは精悍な蛮族の戦士だった。角のついた
兜の片方の角は折れており、戦士は首をかしげて平衡を保とうと
努力していたが、汗と重みでどうしてもはすに傾いてしまう。逞しい
肩には狼の毛皮をはおり、長年使い込んだとおぼしい艶光りする
長柄の戦斧を担いでいたが、雄雄しかるべき蛮族のいでたちも
汗とほこりにまみれ、そのうえ徒歩では精彩がない。
「今夜は寝台で眠りたいと言ったのはお主であろう。」
重々しい声が響いた。乗馬が気の毒なほど、巨大な体躯の男だ。
 暗い色の髪を刈り込んだ頭はまっすぐ前を向き、悠然と歩を進める
その背中には人の背丈ほどもある大剣が背負われている。
 山のように盛り上がる男の肩の筋肉を観察しながら博士が言った。
「そう、次の村に夜までに着くには昼間がんばって歩かないとね。
それにこのランカー・マイ寺院でもらった『グローランサ風土記
によれば、”コノ地方ニ於イテハ夏期ノ午後ニハ天候急変シ雨降ル事
多カリトナム”って書いてあるんです。それを体験してみなきゃ!」
 「日照りの次は雨かよ、まったくありがてえぜ、知識ってもなあ」


 蛮族の若者のぼやきが風の中に消えぬ間に、はやひとすじの涼しい
風が吹き渡ってきた。見る間に空はかきくもり灰色の雲が日差しを
隠し地上を薄暗く覆った。
 「ほらね、オーランスの恵みが私たちに・・・」
微笑む博士の言葉は大剣が鞘からぬかれる刃鳴りで遮られた。
 「違う。『ガガースの息』だ。見ろ。」
三人の目は街道の行く先に注がれた。