(第1章 続き)


 剣士のまなざしの先には、砂まじりの風の中に横倒しになった馬車が
すでに燃え尽きようとしていた。路上のあちこちで燃えさしの破片から
小さな炎がゆらめいて、散乱した荷箱や人の死骸をあぶり出している。
 鞍をつけた馬が1頭、静かに立っていた。そのそばに槍をたずさえた
人影がひとり、死骸の上にかがみこみ手をのばしていた。
 「やいやいやい!こいつはてめえの仕業か?!こーの盗人野郎!」
いまにも跳びかからんばかりの勢いで蛮族の戦士が吠えた。大剣を
すきなく構え、剣士はゆっくりと彼のわきへ移動した。ロバのかげでは
博士が頭を押え身を低くしながらすべてを見逃さぬよう目を据えた。
 「あたしじゃないよ。」
 静かな、しかし柔らかな響きの声がした。
 「おっ、てめえ、オンナ?!」

 戦士の問いには答えず、彼女は槍を左手に持ち替え両手を広げて
3人のほうへゆっくりと歩み寄ってきた。
 「あたしも今しがたここに来かかったばかりよ。馬車は燃えてて、
荷物は略奪されたあと。息のある奴はもういなかった。地面の上の
血がまだ乾いてないところをみると、賊はまだこのあたりにいそうだ。
気をつけたほうがいい。」
 取り乱す様子もなく、簡潔に状況を説明するその態度は、訓練された
兵士を思わせた。みれば鎖かたびらを身につけ、手にした槍には
色あせた朱房の飾りがついている。しかしその腕はほっそりと白く、
いかにも若い娘のそれだった。


 思わず顔を見合わせた旅人たちの頬を、風を切って矢がかすめた。
 「イイヤァッハアアアアア!今日は入れ食いでえええ!」
 「ありがてえぜガガース様あ〜!」
 「さっさと金をよこして死にな!」「おらおらおらおらあああ!!」
 近くの枯れた藪のなかから、顔を血と泥で化粧した5人の盗賊どもが
 いっせいに飛び出し襲いかかった。

 大剣がうなりをあげ、一人の首を刎ね飛ばした。
 同時に戦斧が一人のすねを叩き斬った。
 女戦士の槍は一人の頭蓋骨を貫通した。
 「やべえよおい!」「逃げようぜ!」血だまりのなかに仲間を残し
敗走する彼らの背中にハチェットが飛んだ。死体がまたひとつ増えた。
 「ふざけんな!!」おめきたてる蛮族の足元で、生き残った盗賊は
へなへなと地上にへたりこむと涙と鼻水とよだれを流して泣き始めた。
 「ああよかった、『消沈』が効いたですね」
 ロバのかげから、精神集中のためいっそう汗みずくになった額を
拭きながら博士が立ち上がった。



 「みごとな腕前だった。」
 生き残った哀れなガガースのしもべを蛮族の戦士がさんざんに
 小突き回すのを見ながら、剣士は彼女をたたえた。
 槍の穂先の血脂を拭う腕は細かったがしなやかな筋肉につつまれ、
か弱さは微塵もなかった。
 「あんたたちもね。」彼女は蛮族の若者のほうを振り返り言った。
 「そいつ、おそらく賞金首なんじゃないかな?ここでぶっ殺しても
いいけど近くの村の番所に突き出せばこづかい稼げるかもよ。」
 そして手際よく盗賊を縄できつく縛りはじめた。
 「へ、慣れてるぜ」戦士は縄を結ぶ細い指に見入ってしまった。
 突然博士が感極まった口ぶりで話しだした。
 「いや、まったく今日はまたとない光景を目にいたしました。
これぞ我ら探求の旅の学徒として、このうえない幸運!どうか今夜は
私たちとともに休まれて、いろいろなお話を聞かせていただきたい!
おお感謝します、ランカー・マイよ・・・」
神に感謝を捧げ終わると、博士はふところから巻紙を取り出し、
初めて見る女戦士の姿をせっせとスケッチしはじめた。