(第3章 続き)


 「はいはい、おまたせしました、朝食ですよ〜。」
 宿のおかみさんがフライパンを打ち鳴らして客をたたき起こして回っていた。
 クスコは教練場仕込みの早業で食事をたいらげると、さっそく市を見物に
出かけた。「んじゃ、広場で会いましょ、博士。」
 「はあ、クスコさんも女性ですねえ、買い物というと血が騒ぐと見える。」
 マーカインがそうつぶやきながら堅いパンと格闘していると、ケインと
ナディスもやってきた。
 「ナディスさん、今日は私の買い物に付き合ってくださいね。きっとなにか
掘り出し物がありますよ。私のカンはけっこう当たるんですから。」
 「市場にいやな思い出のある俺様に買い物を手伝えってか?まあ、博士の
いうことにはさからえねえわな。」
 ナディスは自分を呪う市場の精霊を恨んだ。


 「今度の市はひさしぶりに繁盛しそうだよ。嬉しいねえ。
身の周りのものは村でも間に合うけど、やっぱりイサリーズの商人が来る
定期市はにぎやかだし、芸人や歌手が来ることもあるし、楽しみさねえ。」
 そういって日にやけた農婦はフルーツケーキの大きな一切れを切り分けて
クスコに手渡した。「ほれ、これは追いはぎをやっつけてくれたお礼だよ。
遠慮せずにもってきな。」
 「あ、ありがとうございます。」クスコは左手でそれを受け取った。右手には
ついさきほど別の出店でもらったリンゴがまだあったからだった。
 「あっちこっちでいろんなものもらっちゃって悪いなあ、へへ。」
 思わぬ収穫をほおばりながら、クスコは広場の中をぶらぶら歩きまわった。


 「おいクスコ、何見てんだよ。」ナディスが小さな露店の前にたたずんでいる
クスコを見つけ肩をたたいた。振り返ったクスコはほっぺたに肉汁をつけて
口に串をくわえていた。「もぐもぐ、むむ?」
 露店を広げている母親のわきでじゃれあっていた小さな子どもたちが
クスコを見上げて言った。「お母ちゃん見て、この人おんなの兵隊だよ、ほら。」
 「あらまあほんとだ。こりゃあ村の衆の噂も嘘とは言い切れないねえ。」
 「噂ってなに?」クスコが串をようじ代わりにしながら聞くとおかみさんが
 声をひそめて言った。
 「いえね、またちかぢか戦が起こるんじゃないかって話なんですよ。
つい先日この村にルナー軍が来たんです。井戸水を使わせてくれってね。
水を汲んでいっただけでなにもしなかったけど、恐かったわあ。」
 「ルナー軍が?私達聖堂戦士団にはなにも連絡がないけれど、なにかの
作戦か演習だったのかもね。」
 「50人くらいはいたかしら。あたしゃ家に隠れて窓からのぞいただけ
だけど、そのルナーの隊長ってのが不気味な男でねえ、顔半分を銀色の仮面で
覆ってて、髪はプラチナブロンドみたいだったけど日の光にあたってまるで
銀色に光って見えましたよ。おおやだやだ。」
 「ルナーだとお!あいつらみんな混沌の仲間だ!許さねえ!」
 わめきだしたナディスを見た小さな子どもが笑った。
「おかあたん見てー、こいつヤバンじんだお。ほら」
 「うっせえガキ!焼いて喰うぞ!」
 野蛮人の一喝を浴びたかわいそうなちびっこは堰を切ったように
 泣き出した。
 「子ども相手にまじになってどうすんの、だからヤバン人なのよ。
ごめんねちびちゃん。」
 クスコは鼻息荒いナディスの手をぐいぐいひっぱってその場を離れた。
 銀色に光る髪、という言葉になぜかひっかかるものを感じてはいたが、
それがなんなのかは彼女にはまだ分らないのだった。