(第3章 続き)


 「クスコ、いいかげんに手を離せよ!嵐の戦士が女とお手手つないで
歩けるかってんだ!」
 ナディスは自分の手首をつかむクスコの力が強いのに驚きつつ
手をふりほどいた。
 「こんな小せえ体のどっからこんな馬鹿力が出るんだ?ったくよう。」
 「野蛮人を野放しにしてはおけないからよ。せっかくの市の日を
ぶちこわすような真似はやめてよね。それより博士はどうしたの?」
 「おっと忘れてた、さっきまで一緒だったんだ。はかせー!どこだー!」
 クスコも広場を見回した。「マーカイーン!」

 そのころマーカインは、小さな平台の上で村の農婦がせっせとミートパイを
作っているのに見入っていた。農婦はにんにくを平たい石の上ですりつぶし
ながら、あまりにも手元をじっと見つめられるので気まずくなった。
「何です、だんな?」
「そ、その石はどこで手に入れられたのですか?!」
 自慢の商品を買ってもらえそうにないので彼女はぶっきらぼうに答えた。
 「どこって、うちの亭主がどっかから拾ってきたんでさ。なんだか表面が
ギザギザしてて、にんにくすりつぶすのにちょうどいいから使ってるんで。」
 「その石を売ってください!奥さん!」マーカインはあたふたと懐から
金袋を出した。
 「いくらでもいい、言い値で買います!!」
 「はあ?あんた正気かい?うちはミートパイの店だよ。だいいちこの石を
売ったら何でにんにくすりつぶせばいいんだい?」
 「にんにくの食べすぎは身体によくありません!」
 つかめるだけの銀貨を売り台の上にぶちまけると、マーカインはその石を
ひったくるようにして持ち去り、宿屋へといちもくさんに駆け出した。


 宿屋の食堂ではケインが村人たちと酒を飲んでいた。
 「あんた、みたとこ剣士のようだが、これからどこへ行くんだい?」
 「仕官の口でも探してるのかね。」「腕の立つ奴は喰いっぱぐれねえご時世
だからな。」ケインは男たちの勝手な憶測を無視して言った。
 「別に、仕官も出世も興味ない。もっと強くなるために旅をしている。」
 「ほーう、そりゃ奇特な。くにはどこだい?」
 やや長い沈黙とともにケインは答えた。
 「…カルマニア。」
 「そりゃあ遠くからはるばると。そういえばあんたの目、よく見ると
深い青色だな、いかにもカルマニア人だ。」


 そう、カルマニア、空も湖も深いふかい青の土地。そこでは空気は甘く香る…


 一瞬心に浮かんだケインの思い出を破って村人が話しかけてきた。
「それよりよ、こないだルナー軍がこの村に来たのさ!井戸水を汲んで
いっただけだったけど、こりゃあ近々一戦おっぱじまるんじゃないかな?
あんたなにか知らないかい?」
 「いや。」
 「ふむ、まったくルナー軍はくるしルナーの貴族様までお立ち寄りになるはで
ちょっと心配なんだよ、おらたちゃ。」
 「そうそう、2,3日前か?まだ昼前だっていうのにいきなりこの宿屋に
立派な身なりの男が現れてな、『少し休ませてもらうぞ』ってむりやり
部屋に入っていったんだ。背の高い、がっしりした体つきの精悍な男だったな。」
 「おまけにいい女もいっしょにご休憩よ。うらやましいねえ。」
 「でもあの女、美人だったけど暗い感じだったな。」「青い顔してたぜ。」
 「女だけじゃない、変な芸人みたいな男も一緒でね、こいつはやけに口の
うまいヤロウだった。『私の主人はルナーの貴族。ご無礼はお詫びします。
主人が休んでいる間、皆さんにささやかなお楽しみをお贈りしましょう。」
なんつってな、箱の中から白ねずみをつまみだして、そいつらに芸をさせて
みせたのさ。」
 「そうそう、ねずみが玉乗りしたり、宙返りしたり3匹で合唱したりな。」
 「かわいかったねえ、村のガキどもなんかみんな集まっちまって、あの
ちんちくりんな芸人から離れようとしねえ。もっと見せて!って大騒ぎだ。」
 「夕方近くになって、ルナーの貴族さまと一緒にこの村を出ていったっけ。」
 「あの貴族、金払いは良かったけど不気味だったな。ほんとに貴族かな?」
 「ルナーのことはおら達にゃようわからん…。」


 「この先にルナー軍か。やっかい事は避けたいものだが。」
 ケインは村人の話を聞きながら考えた。
カルマニア人独特の深い青い瞳にうっすらと影が宿りつつあった。







+マーカインのなんでも帳より抜粋

 <田舎風ミートパイの作り方> ガーハウンド村にて採取す

 小麦粉 くず肉 卵 にんにく 玉ねぎ ハーブ 塩 なたね油 水
 小麦粉に水と卵を加えよく混ぜる。ぽろぽろになってきたらよく捏ねる。
 にんにくはよくすりつぶす。玉ねぎはみじん切り。くず肉はまな板の上で
 包丁で粘りが出るまでよくたたく。
 肉ににんにく・玉ねぎ・ハーブ・塩を加えよく捏ねる。これでタネは完成。
 練った小麦粉を麺棒でのばし筒状に丸めて端から適当な大きさに切る。
 切った練り粉を丸く押しひろげる。厚さが均等になるように。
 できた皮にタネをつつんで、はじをあわせて指先で押さえる。
 なたね油でほどよく揚げる。熱いうちに食す。指先をやけどするので注意。