第2章 続き)

 「結局今日も真昼間から行進か、けっ、ご苦労さんなこった」
 砂まじりの風にナディスのぼやきが浮かんで消えた。
 
 博士とゆかいな戦士たちは乾いた街道をガーハウンド村へと進んでいた。
 賞金をもらうための証拠の塩と灰をまぶした盗賊の首5個と、
彼らの持ち物と思しき装身具をいくつか、藁を敷きつめた木箱に押し込み
クスコの馬の背に積んでいる。
「ガーハウンド村といえば、『婿選び』の祭りで有名な村ですね。
早く行っていろいろな話を聞きたいものです。楽しみだなあ。」
 マーカインがうきうきした表情を浮かべて言った。
 「え〜、婿取り試合は地の季にやるんだぜ、今はなんにもねえよう。」
 ナディスのまぬけな発言は聞き流して、クスコがマーカインに尋ねた。
 「ねえ博士、なぜ彼は徒歩きなの?仮にもバイソン族でしょ?」
 「ああ、彼とは『探求の旅』に出てすぐのころに出会ったんです。
 市場の真ん中で大勢の人に殴られたり蹴られたりしてました。
 仲裁しようと話を聞いたら、なんとまあデンスケ賭博にいれこんで
大負けしたあげくに『金なんかない』と開き直って乱闘さわぎを
起こして半殺しになっていたのです。そこで私が双方の中を取り持って、
家畜と引き換えにナディスさんの命は助けるということで、なんとか
その場は収まったのです。それ以後彼は義理固くも私の護衛をしてくれて
いるわけでして。」

 「だってよう、あんなの俺初めてみたぜ!あんまり面白いからじっと
見てたらそばにいた奴が『やってみろ』っていうからさ、もうかるのかと
思って…ああ気分悪いぜ!今ごろどうしてるかなあ、俺の可愛いアイツ」
「まあ、肉と皮とに泣き別れ、ってとこじゃない?」
 クスコが肩を震わせて笑いをこらえた。
「くっそ、だから俺は町とか市場ってな大嫌いなんだ!気分わりいぜ。」
 ナディスのしかめっ面はなかなか解けることがなかった。
 それどころか、歩みを進めるごとに眉間のしわが深くなっていった。



「いやな気分だ…どんどん胸クソわるくなる…」
「意外と根に持つ性格だったのね、ナディスは」クスコの言葉をさえぎって
ケインの声が走った。「なんだあれは?見ろ。」彼の指差す先の街道の上に、
なにかわからない物があった。
「何でしょう?動物の死骸みたいですねえ」4人は馬を降りてゆっくりと
その物に近づいた。
 
 確かに動物の死骸のように見える。四肢は食い荒らされてなくなり、
長い尾が骨だけになって突き出ている。この暑さで腐敗は始まっていたが、
わんわんたかる蝿の間から見える肉の色はまだ赤かった。
「こんな街道のど真ん中でエサをとる動物って何かしらね?」クスコが
何気なくそれを槍の穂先でひっくり返した。次の瞬間、一同は息をのんだ。
 マーカインは飛び上がって走り出し、ぺたっと倒れてその場で嘔吐した。
それには人間の下あごと歯がかろうじて皮一枚でつながっていた。顔面は
完全に破壊され、頭部も大きく欠けていた。尾のように見えたのは
しゃぶり尽くされた脊髄だった。

 「なんてこった!クソッタレ!どちくしょう!」吼えるナディスを
そのままにして、クスコとケインは死骸を検分し始めた。
「大きさから推測するに子どもか、女だな。上半身の一部だ。」
「こんなになるまでかじるなんて獰猛なやつね。…見て、これ!」
ケインはまだ路上で四つんばいになっているマーカインに声をかけた。
「博士、もう全部吐いたか?だったらこっちへ来てくれ。見て欲しい
ものがある。」
 マーカインは最後の胃液を吐き出すと、よろよろと立ち上がり
死骸に近づいた。「なんでしょうか、ウプっ。」
「博士、この歯形を見てくれ。こんな歯形をしている動物は何だ?」



 「これは、ヒトの歯形です…ありえないです…」
 「人間を喰うヒトか。」ケインがつぶやいた。
 「となると、そいつは」クスコがため息をついた。
 「オーガじゃねえか!混沌のヤローだ!うおおあああ!」
 ナディスが怒りの叫びを挙げるころ、またぞろ涼しい風が街道を
 吹き渡ってきた。空には暗い雲が広がり始めていた。

 


                     (第2章 終わり)