第3章 続き)

 クスコはふと目を覚ました。消えかかった何本かのろうそくの明かりのもとで、
マーカインは石版の上につっぷし眠りこんでいる。ふうっと残火を吹き消すと
クスコはつぶやいた。「あたし、真っ暗じゃないと眠れないのよね」
 そのとき遠くからどっと笑い声が響いてきた。村ではゆかいな騒ぎが
起きているようだ。
 「それに、静かでないと…」
 クスコはベッドにもどり、シーツにもぐって丸くなった。


 ユーレーリアの「移動祝祭所」では、いくつかの小さな朱鷺いろの天幕が
等間隔に並んで張られていた。それらの後ろには、やや大きな紫色の天幕が
ゆったりと控えている。どうやらこの天幕のなかではユーレーリアの女祭が、
農民たちが持参した畑の土や麦の穂や子豚たちに繁殖の祝福を与えるらしい。
 朱鷺いろの小さな天幕の前は男たちが乱れた列をなしている。酒を酌み
交わす者、天幕に映る人影を凝視する者、年長の男たちに肩をたたかれ
励まされている少年の姿も見える。それぞれに自分の順番が来るのを
楽しみながら待っていた。
 その時突然わめき声が聞こえた。
 「でええい!いつまで待たすんだあ!」ケモノくさい脂でテカテカした男が
立ち上がって朱鷺いろの天幕にのっそりと歩み寄った。
 「これ若いの、静かにせんか!」「礼儀ってものを知らないのか」「うはー、
野蛮人だあ〜。」ざわめきたつ人々を無視して男は天幕のひとつにしがみつき
ゆさゆさと揺らしはじめた。
 「こちとら夕方からずっと待ってるんだあ!早く祝福してくれよお!」もはや
ふるまい酒と期待でわけがわからなくなったナディスはかたっぱしから天幕を
揺さぶって中の男を追い出した。聖なる祝福を与えていたユーレーリアンたちが
布で身体を隠しながら這い出てきた。「キャー、ご無体なひと!」「やめてー!」
「女祭様、たいへんです!」黄色い叫びがあちこちからあがった。

 「何事です。神聖な場所を乱すとは。」紫の天幕から、紫の衣をまとった
小柄な姿の女祭が悠然と出てきた。しなやかな足取りでナディスの前へでると、
かれの手をすっとつかみ己が胸に押し当てた。
 「そんなに待てないのならば、わたくしがお相手してさしあげましょう。いかが?」


 ナディスは、おのが手のひらが冷たく平らな筋肉質の胸に押し付けられて
いることに気づいた。
 「お、お前、オトコ〜!?」
 「うふふふ、愛とは誰にも平等に与えられるもの、わたくしこう見えても
立派な『女祭』なのですよ。さあ!」
 「いやだー!男の女祭はいやだー!柔らかい体に抱かれてえよぅー。」
 「まっ、我儘な!これだから男は…。よろしい、希望どおり柔らかい体の者と
すごすがよい。羽毛のようなふんわりした抱擁に包まれてお逝きなさい!
 パティータ、あなたの出番よ!いらっしゃい!」
 「クワッ。」


 ナディスの目の前に現れたのは、純白の美しい羽根の一羽のダックだった。
 パティータと呼ばれた彼女はすばやくナディスの額をクチバシで
こここん、とつついた。
 「はーーん!」ナディスはおのが肉体のうちにわきおこる感覚に
抵抗できなくなり思わず前かがみになった。
 「ほほほ、いまの嘴のタッチであなたには『恍惚の極み』がかけられました。
さあ、あとはふたり身をまかせて!」女祭の言葉で野次馬どもはどっと沸いた。
 「うわああああ、みんなこっち見るなあーー!ひ〜…」
 

 こうしてめったにない出来事を目の当たりにした男や女は、末永くこの楽しい
出来事を語り伝える決心をしたのであった。人々の明るい笑い声とひとりの男の
涙声とともに、ますます夜はふけていった。



                       (第3章終わり)

 
 
 
 

 

(第3章 続き)


 窓辺に卓を寄せて、マーカインはパイ屋のかみさんから奪った石版をいつまでも
 見つめていた。夏の夕暮れの光もそろそろ淡くなってくるころだ。
 「マーカイン、それが何かしたの?」クスコがあくびをしながら尋ねた。
 「村の女房がそんなに珍しい物を持っていたとは驚きだな。」
 ケインがつぶやいた。とたんにマーカインは両手をバン!と卓上にたたきつけ
 はじかれたように立ち上がった。
 「わかりました!なにか気になってしかたがなかった理由が!
 この石の刻み目、これは文字ですよ。大変な発見です!」
  マーカインは鼻息を荒げて叫んだ。

 「いいですか、わが偉大なるランカー・マイ神の神殿の書庫には古の記録が
 いくつか遺されております、それらのほとんどはいまだ読み解かれておらぬの
 ですが、これは私が学んだ古代文字のひとつです。」
 「何て書いてあるんだ?」
 「ええ、ひどく磨耗していて読みづらいのですが、『こ こ に 封 じ 』と
 いう部分ははっきり残っています。その下の刻み目も多分文字なのでしょうが、
 未解読の文字らしいうえに石版が欠けていてわかりません。ああっ、せつない
 じれったい!自分のばかばか!」
 マーカインは頭をかかえ身悶えした。

 「ふーん、『封じ』ってことはなにか良くないモノをその石の板で封じ込めてた
 のかな?」クスコが何気なくつぶやくとケインも考えこんだ。
 「…もしそうなら、今は封印が解かれてしまっているんじゃないか?…」

 「イヨウ!何してんだお前ら、しけたツラしてんな!」
 ナディスが勢いよく部屋に入ってきた。珍しく体を洗ったらしく
 濡れ髪が光っている。その上ご丁寧に全身にバイソンの膏を塗りこみ、
 全身をてかてかと光らせて獣臭いにおいをふりまいている。
 「今夜は俺はりきるぜえ!こんだけめかしこみゃあユーレーリアンの女どもに
 モテまくり間違いなしよ。ケインあんたも来いよ!気晴らししようぜ。」
 黙ってかぶりを振る3人を見てナディスは肩をすくめた。
 「へっ、つまんねえ奴ら。じゃな!」
 

 意気揚々と出て行く荒野の男を尻目に、マーカインは卓上にインクや
 羊皮紙など学者の七つ道具をばらばらと取り出した。
 どうやら夜を徹して謎を解き明かすつもりらしい、宿屋のおかみに
 ろうそくをあるだけ持って来させた。

(第3章 続き)


 太陽が高くさし昇り、市の人出もいちだんと賑やかになってきたころ、
ガーハウンド村にもう一台、新しい馬車がやってきた。その馬車は村の中ほどの
アーナールダの小さな寺院の前で止まった。たちまち荷台から匂やかな女たちが
わらわらと降りてきて、手際よく荷物を降ろしはじめた。
 美しい女たちの手によってアーナルダ寺院の前の小広場には艶やかな
朱鷺色の天幕がいくつも張られた。そしてそれを、村のヒマな男衆たちが
遠巻きにして抑えきれない喜びと満面の笑顔をもって熱心に眺めいっている。
 「ねえ、おじいちゃん、この人たちは何を売るの?」
 祖父に手をひかれた幼児が尋ねた。
 「そうさの、『福』とでもいうかな。こうして眺めているだけでも眼福眼福じゃ」
 「まったくだぜ、もう今夜が待ちきれねえよ!だが、ボーヤにゃまだおあずけだ」
 男達はそういって笑った。


 「おう兄さん、あんたみたとこバイソン族のようだね、はるばるこんな田舎町まで
おいでになるたあ、やっぱ祝福を受けにきたんだろ?」
 威勢のいい掛け声にナディスは振り返った。
 「おっ、この俺様を呼び止めるたあ度胸のあるおやじだな。何の用だ?」
 「だからさ、せっかく祝福を受けるなら、もちっと身奇麗にしてオトコっぷりを
あげたらどうよ?いくら「嵐の戦士」様でも女の前でその風体はねえ。」
 「祝福、ってなんだ?ストームブル様の祝福なら全身に満ち満ちてるぜ。」
 「あんた知らないのかい?今夜はユーレリアンの「移動祝福所」が出るんだぜ。
もう天幕も出来上がってるさ。この村の男らやよその村からも大勢祝福を
受けようと今夜は押すな押すなのにぎわいだろうなあ。
おれも商売は早く切り上げて天女さまにおめもじしようと思ってるのさ。」


「へえ〜、ユーレーリアンが来てるのか。それじゃあ男としてはがんばらねえと
いけねえな!」ナディスは鼻息を勢いよく噴いた。
 「そうさ、そのためにもどうだいこの兜!この角の反りかえり具合を見ねえ、
これこそ男の証ってもんじゃねえか、500ソブリンポッキリでどうだ!」
「買っっ!…てめえ、こりゃセーブルの角じゃねえか!おれの目は節穴かよ!」
 インチキな兜を売り台にたたきつけ、ナディスはへらへら笑う小間物屋の親父を
にらみつけその場を立ち去った。


 「面白くねえぜ、いっちょ今夜はユーレーリアの祝福をめいっぱい浴びて
  厄落としすっか!」
 こうしてさらなる不幸に足を突っ込んでいくナディスであった。

(第3章 続き)


 太陽が高くさし昇り、市の人出もいちだんと賑やかになってきたころ、
ガーハウンド村にもう一台、新しい馬車がやってきた。その馬車は村の中ほどの
アーナールダの小さな寺院の前で止まった。たちまち荷台から匂やかな女たちが
わらわらと降りてきて、手際よく荷物を降ろしはじめた。
 美しい女たちの手によってアーナルダ寺院の前の小広場には艶やかな
朱鷺色の天幕がいくつも張られた。そしてそれを、村のヒマな男衆たちが
遠巻きにして抑えきれない喜びと満面の笑顔をもって熱心に眺めいっている。
 「ねえ、おじいちゃん、この人たちは何を売るの?」
 祖父に手をひかれた幼児が尋ねた。
 「そうさの、『福』とでもいうかな。こうして眺めているだけでも眼福眼福じゃ」
 「まったくだぜ、もう今夜が待ちきれねえよ!だが、ボーヤにゃまだおあずけだ」
 男達はそういって笑った。


 「おう兄さん、あんたみたとこバイソン族のようだね、はるばるこんな田舎町まで
おいでになるたあ、やっぱ祝福を受けにきたんだろ?」
 威勢のいい掛け声にナディスは振り返った。
 「おっ、この俺様を呼び止めるたあ度胸のあるおやじだな。何の用だ?」
 「だからさ、せっかく祝福を受けるなら、もちっと身奇麗にしてオトコっぷりを
あげたらどうよ?いくら「嵐の戦士」様でも女の前でその風体はねえ。」
 「祝福、ってなんだ?ストームブル様の祝福なら全身に満ち満ちてるぜ。」
 「あんた知らないのかい?今夜はユーレリアンの「移動祝福所」が出るんだぜ。
もう天幕も出来上がってるさ。この村の男らやよその村からも大勢祝福を
受けようと今夜は押すな押すなのにぎわいだろうなあ。
おれも商売は早く切り上げて天女さまにおめもじしようと思ってるのさ。」


「へえ〜、ユーレーリアンが来てるのか。それじゃあ男としてはがんばらねえと
いけねえな!」ナディスは鼻息を勢いよく噴いた。
 「そうさ、そのためにもどうだいこの兜!この角の反りかえり具合を見ねえ、
これこそ男の証ってもんじゃねえか、500ソブリンポッキリでどうだ!」
「買っっ!…てめえ、こりゃセーブルの角じゃねえか!おれの目は節穴かよ!」
 インチキな兜を売り台にたたきつけ、ナディスはへらへら笑う小間物屋の親父を
にらみつけその場を立ち去った。


 「面白くねえぜ、いっちょ今夜はユーレーリアの祝福をめいっぱい浴びて
  厄落としすっか!」
 こうしてさらなる不幸に足を突っ込んでいくナディスであった。

(第3章 続き)


 「クスコ、いいかげんに手を離せよ!嵐の戦士が女とお手手つないで
歩けるかってんだ!」
 ナディスは自分の手首をつかむクスコの力が強いのに驚きつつ
手をふりほどいた。
 「こんな小せえ体のどっからこんな馬鹿力が出るんだ?ったくよう。」
 「野蛮人を野放しにしてはおけないからよ。せっかくの市の日を
ぶちこわすような真似はやめてよね。それより博士はどうしたの?」
 「おっと忘れてた、さっきまで一緒だったんだ。はかせー!どこだー!」
 クスコも広場を見回した。「マーカイーン!」

 そのころマーカインは、小さな平台の上で村の農婦がせっせとミートパイを
作っているのに見入っていた。農婦はにんにくを平たい石の上ですりつぶし
ながら、あまりにも手元をじっと見つめられるので気まずくなった。
「何です、だんな?」
「そ、その石はどこで手に入れられたのですか?!」
 自慢の商品を買ってもらえそうにないので彼女はぶっきらぼうに答えた。
 「どこって、うちの亭主がどっかから拾ってきたんでさ。なんだか表面が
ギザギザしてて、にんにくすりつぶすのにちょうどいいから使ってるんで。」
 「その石を売ってください!奥さん!」マーカインはあたふたと懐から
金袋を出した。
 「いくらでもいい、言い値で買います!!」
 「はあ?あんた正気かい?うちはミートパイの店だよ。だいいちこの石を
売ったら何でにんにくすりつぶせばいいんだい?」
 「にんにくの食べすぎは身体によくありません!」
 つかめるだけの銀貨を売り台の上にぶちまけると、マーカインはその石を
ひったくるようにして持ち去り、宿屋へといちもくさんに駆け出した。


 宿屋の食堂ではケインが村人たちと酒を飲んでいた。
 「あんた、みたとこ剣士のようだが、これからどこへ行くんだい?」
 「仕官の口でも探してるのかね。」「腕の立つ奴は喰いっぱぐれねえご時世
だからな。」ケインは男たちの勝手な憶測を無視して言った。
 「別に、仕官も出世も興味ない。もっと強くなるために旅をしている。」
 「ほーう、そりゃ奇特な。くにはどこだい?」
 やや長い沈黙とともにケインは答えた。
 「…カルマニア。」
 「そりゃあ遠くからはるばると。そういえばあんたの目、よく見ると
深い青色だな、いかにもカルマニア人だ。」


 そう、カルマニア、空も湖も深いふかい青の土地。そこでは空気は甘く香る…


 一瞬心に浮かんだケインの思い出を破って村人が話しかけてきた。
「それよりよ、こないだルナー軍がこの村に来たのさ!井戸水を汲んで
いっただけだったけど、こりゃあ近々一戦おっぱじまるんじゃないかな?
あんたなにか知らないかい?」
 「いや。」
 「ふむ、まったくルナー軍はくるしルナーの貴族様までお立ち寄りになるはで
ちょっと心配なんだよ、おらたちゃ。」
 「そうそう、2,3日前か?まだ昼前だっていうのにいきなりこの宿屋に
立派な身なりの男が現れてな、『少し休ませてもらうぞ』ってむりやり
部屋に入っていったんだ。背の高い、がっしりした体つきの精悍な男だったな。」
 「おまけにいい女もいっしょにご休憩よ。うらやましいねえ。」
 「でもあの女、美人だったけど暗い感じだったな。」「青い顔してたぜ。」
 「女だけじゃない、変な芸人みたいな男も一緒でね、こいつはやけに口の
うまいヤロウだった。『私の主人はルナーの貴族。ご無礼はお詫びします。
主人が休んでいる間、皆さんにささやかなお楽しみをお贈りしましょう。」
なんつってな、箱の中から白ねずみをつまみだして、そいつらに芸をさせて
みせたのさ。」
 「そうそう、ねずみが玉乗りしたり、宙返りしたり3匹で合唱したりな。」
 「かわいかったねえ、村のガキどもなんかみんな集まっちまって、あの
ちんちくりんな芸人から離れようとしねえ。もっと見せて!って大騒ぎだ。」
 「夕方近くになって、ルナーの貴族さまと一緒にこの村を出ていったっけ。」
 「あの貴族、金払いは良かったけど不気味だったな。ほんとに貴族かな?」
 「ルナーのことはおら達にゃようわからん…。」


 「この先にルナー軍か。やっかい事は避けたいものだが。」
 ケインは村人の話を聞きながら考えた。
カルマニア人独特の深い青い瞳にうっすらと影が宿りつつあった。







+マーカインのなんでも帳より抜粋

 <田舎風ミートパイの作り方> ガーハウンド村にて採取す

 小麦粉 くず肉 卵 にんにく 玉ねぎ ハーブ 塩 なたね油 水
 小麦粉に水と卵を加えよく混ぜる。ぽろぽろになってきたらよく捏ねる。
 にんにくはよくすりつぶす。玉ねぎはみじん切り。くず肉はまな板の上で
 包丁で粘りが出るまでよくたたく。
 肉ににんにく・玉ねぎ・ハーブ・塩を加えよく捏ねる。これでタネは完成。
 練った小麦粉を麺棒でのばし筒状に丸めて端から適当な大きさに切る。
 切った練り粉を丸く押しひろげる。厚さが均等になるように。
 できた皮にタネをつつんで、はじをあわせて指先で押さえる。
 なたね油でほどよく揚げる。熱いうちに食す。指先をやけどするので注意。


 
 

(第3章 続き)


 「はいはい、おまたせしました、朝食ですよ〜。」
 宿のおかみさんがフライパンを打ち鳴らして客をたたき起こして回っていた。
 クスコは教練場仕込みの早業で食事をたいらげると、さっそく市を見物に
出かけた。「んじゃ、広場で会いましょ、博士。」
 「はあ、クスコさんも女性ですねえ、買い物というと血が騒ぐと見える。」
 マーカインがそうつぶやきながら堅いパンと格闘していると、ケインと
ナディスもやってきた。
 「ナディスさん、今日は私の買い物に付き合ってくださいね。きっとなにか
掘り出し物がありますよ。私のカンはけっこう当たるんですから。」
 「市場にいやな思い出のある俺様に買い物を手伝えってか?まあ、博士の
いうことにはさからえねえわな。」
 ナディスは自分を呪う市場の精霊を恨んだ。


 「今度の市はひさしぶりに繁盛しそうだよ。嬉しいねえ。
身の周りのものは村でも間に合うけど、やっぱりイサリーズの商人が来る
定期市はにぎやかだし、芸人や歌手が来ることもあるし、楽しみさねえ。」
 そういって日にやけた農婦はフルーツケーキの大きな一切れを切り分けて
クスコに手渡した。「ほれ、これは追いはぎをやっつけてくれたお礼だよ。
遠慮せずにもってきな。」
 「あ、ありがとうございます。」クスコは左手でそれを受け取った。右手には
ついさきほど別の出店でもらったリンゴがまだあったからだった。
 「あっちこっちでいろんなものもらっちゃって悪いなあ、へへ。」
 思わぬ収穫をほおばりながら、クスコは広場の中をぶらぶら歩きまわった。


 「おいクスコ、何見てんだよ。」ナディスが小さな露店の前にたたずんでいる
クスコを見つけ肩をたたいた。振り返ったクスコはほっぺたに肉汁をつけて
口に串をくわえていた。「もぐもぐ、むむ?」
 露店を広げている母親のわきでじゃれあっていた小さな子どもたちが
クスコを見上げて言った。「お母ちゃん見て、この人おんなの兵隊だよ、ほら。」
 「あらまあほんとだ。こりゃあ村の衆の噂も嘘とは言い切れないねえ。」
 「噂ってなに?」クスコが串をようじ代わりにしながら聞くとおかみさんが
 声をひそめて言った。
 「いえね、またちかぢか戦が起こるんじゃないかって話なんですよ。
つい先日この村にルナー軍が来たんです。井戸水を使わせてくれってね。
水を汲んでいっただけでなにもしなかったけど、恐かったわあ。」
 「ルナー軍が?私達聖堂戦士団にはなにも連絡がないけれど、なにかの
作戦か演習だったのかもね。」
 「50人くらいはいたかしら。あたしゃ家に隠れて窓からのぞいただけ
だけど、そのルナーの隊長ってのが不気味な男でねえ、顔半分を銀色の仮面で
覆ってて、髪はプラチナブロンドみたいだったけど日の光にあたってまるで
銀色に光って見えましたよ。おおやだやだ。」
 「ルナーだとお!あいつらみんな混沌の仲間だ!許さねえ!」
 わめきだしたナディスを見た小さな子どもが笑った。
「おかあたん見てー、こいつヤバンじんだお。ほら」
 「うっせえガキ!焼いて喰うぞ!」
 野蛮人の一喝を浴びたかわいそうなちびっこは堰を切ったように
 泣き出した。
 「子ども相手にまじになってどうすんの、だからヤバン人なのよ。
ごめんねちびちゃん。」
 クスコは鼻息荒いナディスの手をぐいぐいひっぱってその場を離れた。
 銀色に光る髪、という言葉になぜかひっかかるものを感じてはいたが、
それがなんなのかは彼女にはまだ分らないのだった。
 

 

 
 
 

第3章

 西の空の茜色の光もようやく燃えるような輝きを静め、夕闇が優しい紫の
ヴェールを広げようとするころ、4人の旅人はガーハウンド村に到着した。

 「ああ、明るいうちに着いてよかった。さっそく番所だな!」
 ケインは馬の背から木箱を降ろし、肩に担いだ。木箱の四隅からは
なにやら液体のしみが広がりつつあった。
 番所に詰めていた村人たちは、いきなり机の上に臭う木箱がでん!と
置かれたのに肝をつぶした。「なんだなんだ、あんたたちは?」
 「それ、街道荒しのガガース信者の首よ。あたしらが討ち取ってやったの。
賞金がかかってないか調べてくれる?」
 クスコがこともなげに言い放ったので善良な男たちはますます怪しんだが、
とりあえず箱をあけ検分をはじめた。
 「うは、塩づけにしてもかなりキテるねえ、ほんとにあの盗っ人たちの
首かい?そのへんで行き倒れになったやつの首とかじゃないだろうな?」
 「おい、コイツの頭を見ろよ!こりゃあ『人血染めのバンダナ』じゃねえか?
こんなおぞましいモンを身につけるのはガガースの連中だけだ!」
 「この腕輪にもガガースのルーンが彫ってあるな。どうやらこりゃ
本物らしい。あんたら、すご腕だのう」
 「いやいや、私どもはただの旅人、これも神のご加護あっての…」
マーカインの口上が始まりそうなのでクスコが割って入った。
 「んじゃ、本物と認定されたわけだし、賞金をちょうだい。」

 「うーむ、首ひとつにつき1ホイールじゃから、5ホイールじゃの。」
 「じゃ、1ホイールだけ金貨で、あとの4ホイールはソブリンに両替して
くださいな。使いづらいから。」
 「あんた、聖堂戦士のようじゃが、細かいこといいなさんな。幸い明日から
この村で定期市がたつから、両替したけりゃ明日の夕方にでもまた来なさい。」
 クスコは5枚の金貨を受け取るとニッコリ笑った。「ありがと。」

 4人は宿に部屋をとるとさっそくマーカインが帳面をとりだし日記を
書き始めた。「追いはぎ一人の首にかけられた賞金が1ホイール、と。これは
高いのか安いのか?よく分らない、と。」
 「んじゃ、さっそく山分けしようよ。まず賞金のことを最初に思いついた
あたしが1ホイール貰ってもいいよね?」
 「クスコさんが1ホイール、のこりの3人で4ホイールを分けると、ええと
1ホイールは20インペリアルだから80割る3で…」マーカインは帳面に
計算を書き付けた。
 「カネ勘定なんてめんどくせえことやらすなよ、クスコ。」ナディスが
ぶつぶつとつぶやいたが、「あんた計算できるの?」と言われることが
彼の脳裏をよぎったので、つぶやきはちいさく部屋のすみに消えた。
 
 宿のおかみが飲み物をもって来た。
 「ほんとに、あの盗賊どもにはここいらの村みんな難儀してたんですよ。
何人も商人や旅人が殺されてね。でもこれで安心だ。明日からの市は
久しぶりに活気づくでしょう。皆さんもよかったら見ていってくださいな。」
 「市ですか。なにか珍しい物があるといいですねえ。あっ、おかみさん、
よければ『婿とり合戦』の話をお聞きしたいのですが」
 マーカインは子どものように好奇心をふくらませ、クスコは灯火の明かりに
金貨をかざして輝きを楽しんでいた。ケインは用心ぶかく剣を枕もとに置いた。
 ナディスははやくもいびきをかいて寝入っていた。


(第3章 続く)