第2章 続き)

 「結局今日も真昼間から行進か、けっ、ご苦労さんなこった」
 砂まじりの風にナディスのぼやきが浮かんで消えた。
 
 博士とゆかいな戦士たちは乾いた街道をガーハウンド村へと進んでいた。
 賞金をもらうための証拠の塩と灰をまぶした盗賊の首5個と、
彼らの持ち物と思しき装身具をいくつか、藁を敷きつめた木箱に押し込み
クスコの馬の背に積んでいる。
「ガーハウンド村といえば、『婿選び』の祭りで有名な村ですね。
早く行っていろいろな話を聞きたいものです。楽しみだなあ。」
 マーカインがうきうきした表情を浮かべて言った。
 「え〜、婿取り試合は地の季にやるんだぜ、今はなんにもねえよう。」
 ナディスのまぬけな発言は聞き流して、クスコがマーカインに尋ねた。
 「ねえ博士、なぜ彼は徒歩きなの?仮にもバイソン族でしょ?」
 「ああ、彼とは『探求の旅』に出てすぐのころに出会ったんです。
 市場の真ん中で大勢の人に殴られたり蹴られたりしてました。
 仲裁しようと話を聞いたら、なんとまあデンスケ賭博にいれこんで
大負けしたあげくに『金なんかない』と開き直って乱闘さわぎを
起こして半殺しになっていたのです。そこで私が双方の中を取り持って、
家畜と引き換えにナディスさんの命は助けるということで、なんとか
その場は収まったのです。それ以後彼は義理固くも私の護衛をしてくれて
いるわけでして。」

 「だってよう、あんなの俺初めてみたぜ!あんまり面白いからじっと
見てたらそばにいた奴が『やってみろ』っていうからさ、もうかるのかと
思って…ああ気分悪いぜ!今ごろどうしてるかなあ、俺の可愛いアイツ」
「まあ、肉と皮とに泣き別れ、ってとこじゃない?」
 クスコが肩を震わせて笑いをこらえた。
「くっそ、だから俺は町とか市場ってな大嫌いなんだ!気分わりいぜ。」
 ナディスのしかめっ面はなかなか解けることがなかった。
 それどころか、歩みを進めるごとに眉間のしわが深くなっていった。



「いやな気分だ…どんどん胸クソわるくなる…」
「意外と根に持つ性格だったのね、ナディスは」クスコの言葉をさえぎって
ケインの声が走った。「なんだあれは?見ろ。」彼の指差す先の街道の上に、
なにかわからない物があった。
「何でしょう?動物の死骸みたいですねえ」4人は馬を降りてゆっくりと
その物に近づいた。
 
 確かに動物の死骸のように見える。四肢は食い荒らされてなくなり、
長い尾が骨だけになって突き出ている。この暑さで腐敗は始まっていたが、
わんわんたかる蝿の間から見える肉の色はまだ赤かった。
「こんな街道のど真ん中でエサをとる動物って何かしらね?」クスコが
何気なくそれを槍の穂先でひっくり返した。次の瞬間、一同は息をのんだ。
 マーカインは飛び上がって走り出し、ぺたっと倒れてその場で嘔吐した。
それには人間の下あごと歯がかろうじて皮一枚でつながっていた。顔面は
完全に破壊され、頭部も大きく欠けていた。尾のように見えたのは
しゃぶり尽くされた脊髄だった。

 「なんてこった!クソッタレ!どちくしょう!」吼えるナディスを
そのままにして、クスコとケインは死骸を検分し始めた。
「大きさから推測するに子どもか、女だな。上半身の一部だ。」
「こんなになるまでかじるなんて獰猛なやつね。…見て、これ!」
ケインはまだ路上で四つんばいになっているマーカインに声をかけた。
「博士、もう全部吐いたか?だったらこっちへ来てくれ。見て欲しい
ものがある。」
 マーカインは最後の胃液を吐き出すと、よろよろと立ち上がり
死骸に近づいた。「なんでしょうか、ウプっ。」
「博士、この歯形を見てくれ。こんな歯形をしている動物は何だ?」



 「これは、ヒトの歯形です…ありえないです…」
 「人間を喰うヒトか。」ケインがつぶやいた。
 「となると、そいつは」クスコがため息をついた。
 「オーガじゃねえか!混沌のヤローだ!うおおあああ!」
 ナディスが怒りの叫びを挙げるころ、またぞろ涼しい風が街道を
 吹き渡ってきた。空には暗い雲が広がり始めていた。

 


                     (第2章 終わり)
 

第2章 続き:

 夜営の夜はおだやかに過ぎていった。兵士たちのしゃべり声、装備を点検する
 物音、そのあいまを縫って誰が吹くのか低い口笛がながれる。おそらく
 彼の郷里の古い歌ででもあろうか。ファーレンはそんな光景をなんとはなしに
 眺めながら村の中を歩いていた。
 「静かだな…。この先いつまでこんな具合でいられるかわからんが。」
 彼のサンダルが何かをぱき!と踏み割った。思わず拾い上げてみるとそれは
 打ち捨てられた古い木の匙だった。この匙のもとの持ち主はどうしているか、
 おそらく生きてはいまい。取るものもとりあえずに逃げて…
 いつしかファーレンは己の陰惨な過去の残像にとらわれていた。
 

 あれは堅牢な砦柵だった、歩哨も四面の塔の物見もぬかりなく警護の任に
 ついていたはずなのに、夜明け前の夜がいちばん暗くなるときにルナー軍の
 奇襲を受けた…なぜだ?毎日鍛錬を繰り返していたはずの聖堂戦士たちが
 槍も弓もろくろく手にすることもできぬまま倒された。現場は混乱し、
 兵士たちは誰の命令に従ってよいのかわからずうろたえるだけ、軍隊としての
 体をもはやなしてはいなかった。だから俺は…イェルムの「太陽の王」であり
 俺の義父でありあの砦柵の司令官であるあの男なら適切な判断を
 下してくれると信じていた、愚かなことに!
 司令官の部屋へ入ると、そこにいたのは一軍の長ではなく愚鈍な貴族、
 そしてその一家が笑えぬ寸劇を展開していた。

 「はやく、その壺はいいものだ、持っていけ!その鷹の置物もだ!」
 「あなた、わたくしの装身具は?金と七宝のチョーカーはどこ?」
 「お母様、そんなものまた買えるわ!お父様そんな冠よりも馬車の仕度を!」

 「義父上、どうしたのです?!兵士たちは混乱状態です、ご指示を!」
 そう叫んだ俺にあの女…俺の妻はわめいたな、
 「お前には関係ないわよ!それより私たち逃げなきゃ!馬車を出しなさい!」
 「そうじゃファーレン、現場はお前が仕切れ。わしらはひとまず退散じゃ」
 そういいながらも床にちらばる金細工をかき集めては手箱に押し込めていた。
 あれが「太陽の王」?あれが「貴族」というもののなす行いなのか、
 俺は目の当たりにしてなお信じられなかった。
 「司令官殿、外ではわれら聖堂戦士軍が必死でこの場を持ちこたえています!
 あなたはその部下を見殺しにして逃げるおつもりか!ならば兵士たちにも
 退却のご命令を下さるべきではないですか!」
 「うるさい!私たちに命令するつもりなの?百姓あがりのくせに!」
 「そうじゃ、兵士は補充できるが貴族の血は絶やせぬ!早く言われたとおりに
 せぬか!」
 あのとき目の前が真っ赤になるほど燃え上がった感情はなんだろう?
 義憤?屈辱?絶望?俺は腰の剣を抜き「太陽の王」に斬りつけた。私利私欲で
 ふくれた腹を何度も突き刺した。腕の中に抱えた貴重な財産を血まみれにして
 わが義父上は死んだ。義母上はその光景を見て泡をふいて倒れたので、頭を
 金糸の組み紐で繊細にあんだ髷ごと叩き割ってやった。わが妻は小動物の
 ようにキーキーわめいて歯をむきだしていた。彼女の細い首を締め上げるのは
 たやすいことだった。
 俺は床一面にあふれた貴族の血の中に剣を投げ捨て、部屋に火を放った。
 そうして槍を持ち上げ外の通路にでておめいた。
「われは聖堂戦士第一列長、銀髪のファーレン!最後まで戦って死にたい者は
 俺に続けええ!!」
 そうして数すくない生き残りの聖堂戦士たちとルナー軍に特攻をしかけ…



 「『銀髪のファーレン』か。ふむ、名前は知っているぞ、たしかシールド
 プッシュの試合でわれらが選抜チーム「インペリアルレッズ」のコーチから
 聞いたのだ。すばらしい力と美貌の持ち主だとな。
 美貌のほうはもうはや見る影もないが、そなたの戦いぶり鬼神のごとし、と
 報告を受けた。そなた一人の槍でわが軍は50人もの兵士を失ったのだ。
 恐るべきつわものだな。」

 明るい天幕の中央に、きつく縛り上げられ引きずり出された俺を見て
 ルナーの司令官はそうつぶやき、微笑んだ。
 俺の顔の左側はやけどと切り傷で焼けるように熱かったが、司令官はそこに
 膏薬をぬり布を巻くよう命令した。
 「砦は焼け落ち、聖堂戦士は全滅、イェルムの光の王も殺された。お前には
 もう帰る場所はあるまい。そこで私はお前に3つの選択肢を与えよう。
 聖堂戦士として名誉ある死、虜囚としてみじめな余生、そしてルナー帝国の
 栄光をいやます戦士としての新しい人生。どうだ。」彼女は自分の顔を
 そっと俺の顔にちかづけ、紫色の瞳をきらめかせた。
 「わが帝国の版図拡大のため、人員はいくらあっても足りぬのだ。我々は
 優秀な人材を常に求めている。お前ほどの男をあたら失うのは惜しい。改宗、
 という言葉を知っているか?」



 「『銀髪のファーレン』もいまや「裏切り者ファーレン」
 そして仮面で傷跡をかくす「銀月のファーレン」のできあがりだ…
 もう俺はルナー帝国にしか生きる場所はないんだ。」
 ひとりごちる彼の足元を小さな動物がちちっ!と鳴きながら走りぬけたが
 気づかれることはなかった。だが崩れた土塀の陰から地面に身を投げ出した
 兵士にはさすがに目をとめた。
 「あ、シルバームーン、いや、隊長、しし失礼しました!」若い兵士はあわてて
 いずまいを正し敬礼した。
 「何をしている?こんなところで」
 「いえ、あの、ねずみが…」
 「ねずみ?野ねずみでもでたんだろう。それより明日も早いぞ、戻って休め。」
 若い兵士はうなだれて仲間のほうへ戻っていった。


 「ちびすけめ、なんで逃げるんだよ。せっかくベーコンの脂身持ってきてやった
 のにさ。ちぇっ、ヘビにでも食われちまえ。」
 彼らの物思いもつぶやきも、夜空高くの前駆星に届くまえにかき消えていった。

 

 
 
 

 

  


  4人の旅人はガーハウンド村まで行くことになった。
 なぜならこの小さな村には番所などなく、盗賊を狩った賞金を
 受け取るにはガーハウンドの自警団まで申請しなければ
 ならないのだ。
 4人は無料の宿賃と、ちょっといい夕食だけで十分だったが、
朴訥で正直者な村の衆が、わざわざ街道まで出向いていって
盗っ人たちの首を4個、斬りおとして持ってきてくれたのだから
この親切さにはむくいてやらねばならないだろう。
 
 「いまばっちり塩づけにしますんで、ヘェお待ちになって
くだせぇまし。」「そのあいだ縛り首でもご見物なさっちゃ
どうです?あいつもすぐ塩漬けにしまさぁ」
 
 「塩漬け生首かよ、ガーハウンドまでもつのか?半日でくっせえ
 ニオイがしてきそうだぜ」ナディスのぼやきは絞首台が
 がくんとゆれて、わっとあがった村人たちの歓声にかき消された。
 「はあ〜すごい盛り上がりですねえ、村の皆さんは。
 これを書きとめるのは文才のない私にはむずかしそうだ。
 わたくし時々思うのですが、みたままありのままの光景を
 そっくりそのまま記録できるような道具が
 あったらなぁ〜と。さぞかし便利でしょうねえ…。」
 クスコとケインは、冷たい井戸水を飲みながら村人が
 罪人の首を不器用にねじ切るのを眺めていた。絞首台の
 上では子供たちが早くも「死刑ごっこ」に興じていた。


  ルナー軍「ファーレン隊」は日中の極暑もものかわ、ひたすら
 歩みを進め、とある村ーかつてはそう呼ばれたと思しき群落の
 残骸にたどりついた。隊長は斥候を出し廃村の様子を偵察させた。
 「隊長、残っている人間および家畜は見当たりません。この村は
 かなり以前に放棄されたものと思われます。農作物の不作か、
 盗賊にでも襲われたか…」
 「あるいはルナー軍の略奪、かもな」
 隊長の笑えないあけすけな冗談に気まずい空気が流れた。
 「よし、今夜はここで休息だ。総員大休止!装備の手入れを
 怠るな。」
 「ファーレン隊長、こちらに比較的まともな小屋があります。
 こちらでお休みください」部下に案内されながらファーレンは
 朽ち果てた家々や乾ききった小道をながめた。あのときの
 忌まわしい記憶がよみがえり、おもわず眉根をひそめた。
 「もう忘れるんだ、聖堂戦士だったころなど…やつらの
 偽善に絶望して、おれはルナーの庇護を受け入れたのだから。」
 いやな記憶を払い落とすように、ファーレンは赤いマントの
 裾をばさりとうち払い、小屋へと入った。


 「おい小僧、なにやってんだ、早く火を起こせ!」
 「はい、焚き木を拾ってきます!」
 小僧呼ばわりされた若い兵士はそういいながらそっと胸元を
 のぞいてみた。いつから入っていたのか、小さな白ねずみが
 一匹、おとなしく丸くなっていた。
 「もうちょっとの辛抱だぜ、ちびすけ。糧食の用意ができたら
 おまえにもパン分けてやるからな。」兵士は白ねずみの頭を
 そっとなでた。「かわいいやつ。」
  白ねずみはつぶらな赤いひとみをくりくりと動かし、
 あたりの物音を聞き漏らすまいとでもするように、ぴんと
 両耳を立てた。

 (続く)

 


 
 
 

第2章


 へっ、今夜はいい晩だぜ。夜風は涼しく、空にゃお星様がいっぱい、
俺様の手の中のコップの中にゃあ酒がいっぱいときたもんだ。これで
柔らかい寝床まで待ってるんだからよ、もうごきげんよ。
 
 あの盗っ人をふん縛ってこのしけた村に入ったときゃ、村の連中
みんな口あんぐりで俺たちを見てやがったな。無理もないぜ、雄雄しい
戦士のこの俺様と、でっかい剣のでっかい男と、のほほんとした博士に
女戦士の旅人の群れなんてめったに見れねえだろうからよ。
耳の穴かっぽじってよっく見やがれってんだ。
  
 案の定盗っ人には賞金がかかってた。あの女、なかなか鋭いな。
村のやつらわいわい言って大喜びして、さっそく明日の朝に
吊るすだと。よっぽどウラミがたまってたと見える。
いま盗っ人は村中のやつらにリンチされて地面にころがってるぜ、
かえーそーによ。

 俺たちは宿に落ち着いた。
俺たちってのは俺たちとあの女も一緒だよ。
まずは卓に腰をすえると博士が言った。
 「今日は大変な一日でした、そして実り多き一日でもありました。
 改めてご挨拶申し上げましょう。
 私はマーカインと申すランカー・マイの学徒。ただいまは毎年恒例の
「知識の探求」の旅の途中でして、こちらの大きい方は2,3日前から
道連れになってくださっているケイン殿です。」
 
 「ケインと申す、フマクト神の僕。共に一戦交えたからは
われらは友の・・」
 ケインの野郎、バカ正直に戦士の礼にのっとって挨拶始めたから
俺止めたんだ。だって相手は女だぜ?そんなの必要ねえだろ。
 
 「まあまあ、堅苦しいことは抜きで行こうぜ。
 俺様は見りゃわかるだろうが天下に隠れもないストームブルの
嵐の戦士、バイソン族の戦士だぜ。名前はナディスだ。
まっよろしく頼まあ。」
 胸はって言ってやったらよう、あのアマ、
「嵐の戦士がどうして地べたをとことこ歩いてるの?」
そうしてにんまり笑いやがった!もももう俺頭に来たぜ!

「失礼いたしました。私の名はクスコ、日の天蓋寺院の聖堂戦士です。
皆様と出会ったのはこのパヴィス街道の先に出動しているわれらの
中隊へ伝令の命を受け、その帰りです。もうじき大祭日なので
いろいろと雑用が多くて・・・」
 
 へえ〜聖堂戦士かよ。どうりで金にこまけえ訳だ。
 よく見るとやっぱ変な女だ。髪は明るい金髪を乱暴に刈り込んだ
まま子供みたいにバサバサだ。とび色の目ん玉に、耳にはルーンの
模様を刻んだ耳飾り。ここまでは珍しくもねえが小鼻にはめてある
金の輪っかは何なんだ。これが流行ってやつかあ?
 体は普通の女と同じくらい、いや小柄なほうかもしれないな。
細い手足をしてるけど、皮の下で筋肉がびんびんに張ってぐりぐり
動いてるのがわかる。
たしかに、聖堂戦士ってのはウソじゃなさそうだ。
こいつが普通の女の服を着て髪を伸ばしたらどんな風になるか
想像してみたけど、俺にはよくわからねえや。

「最初に見かけた時、金髪で槍を持っているからおそらくとは思ったが
女人とは思わなかった・・・あれほどの使い手だ、ともな。」
 ケインがつぶやいた。さすがフマクティ、『武人は武人を知る』
ってやつか?
博士が勢いこんで女に語りかけた。
 「ともかく、こうして出会えたのも神のお導き、クスコさんさえ
よろしければしばらく同道していただけませんか?
鍛えた兵士といえども、街道の一人歩きは危険が多い。
道々聖堂戦士の生活や風習などの話をお聞かせねがえれば、
このマーカインにとって非常に喜ばしいのですが、いかがか?」
 女はこっくりうなずいた。
なわけで、俺たちは一緒に旅をするハメになったよ。
なんか気にいらねえけど、兵士と名乗るからには
そのように扱ってやるぜ、
覚悟しとけよイェルマリオン。


 朝がきた。この俺様にふさわしいキレイな夜明けだぜ。
むさい小部屋を抜け出して中庭の井戸にいくと女が顔を洗ってた。
ずいぶん朝早いんだな、やっぱ訓練されてるからかな?
「おはよう、土踏みさん。」俺を見てそう言ってニッコリ笑った。
 俺も男だ、これくらいは勘弁しといてやるぜ。
 女のやつ、恥ずかしがる様子もなく俺様の体を上から下までじっくり
観察してやがる。ふてえアマだ。
「すごい傷だね、体中についてる。」
 おっ、感心してるみてえだからいっちょ見せてやるか!
「おうよ、『傷の数だけ男になれる』って、バイソン族の言い伝えよ。
この胸のイレズミは成人の儀式のときにカーン様が彫るんだ、
いわば男の証よ。
この顔の傷はガキのときにつけられるんだ。泣かない子供は
勇者の素質ありってほめられるんだぜ。
この腕の傷はセーブル族と戦ったとき、このへんのは、まあその
いろんなとこで戦った時ついたやつで、んでこれが
テルモリ人に咬まれた痕だ、とっくと見やがれ。」
 思いっきりヤツの顔の前にケツを出してやったぜ!
なのにこのアマ表情ひとつ変えないで、俺の尻を眺めてやがる。
 俺が尻をまるだしにした格好で何秒か無言ですぎたあと、
女がぷっと吹き出した。

 「あんたって、かわいいお尻してんのね」
そうしてこらえきれないように爆笑しながら部屋へ戻っていった。

 ・・・俺様の尻が「かわいい」だってえ?!
そんな言い草あるかよ!だんぜん気にいらねえ、チクショー!

(続く)

 

(第1章 続き)


 剣士のまなざしの先には、砂まじりの風の中に横倒しになった馬車が
すでに燃え尽きようとしていた。路上のあちこちで燃えさしの破片から
小さな炎がゆらめいて、散乱した荷箱や人の死骸をあぶり出している。
 鞍をつけた馬が1頭、静かに立っていた。そのそばに槍をたずさえた
人影がひとり、死骸の上にかがみこみ手をのばしていた。
 「やいやいやい!こいつはてめえの仕業か?!こーの盗人野郎!」
いまにも跳びかからんばかりの勢いで蛮族の戦士が吠えた。大剣を
すきなく構え、剣士はゆっくりと彼のわきへ移動した。ロバのかげでは
博士が頭を押え身を低くしながらすべてを見逃さぬよう目を据えた。
 「あたしじゃないよ。」
 静かな、しかし柔らかな響きの声がした。
 「おっ、てめえ、オンナ?!」

 戦士の問いには答えず、彼女は槍を左手に持ち替え両手を広げて
3人のほうへゆっくりと歩み寄ってきた。
 「あたしも今しがたここに来かかったばかりよ。馬車は燃えてて、
荷物は略奪されたあと。息のある奴はもういなかった。地面の上の
血がまだ乾いてないところをみると、賊はまだこのあたりにいそうだ。
気をつけたほうがいい。」
 取り乱す様子もなく、簡潔に状況を説明するその態度は、訓練された
兵士を思わせた。みれば鎖かたびらを身につけ、手にした槍には
色あせた朱房の飾りがついている。しかしその腕はほっそりと白く、
いかにも若い娘のそれだった。


 思わず顔を見合わせた旅人たちの頬を、風を切って矢がかすめた。
 「イイヤァッハアアアアア!今日は入れ食いでえええ!」
 「ありがてえぜガガース様あ〜!」
 「さっさと金をよこして死にな!」「おらおらおらおらあああ!!」
 近くの枯れた藪のなかから、顔を血と泥で化粧した5人の盗賊どもが
 いっせいに飛び出し襲いかかった。

 大剣がうなりをあげ、一人の首を刎ね飛ばした。
 同時に戦斧が一人のすねを叩き斬った。
 女戦士の槍は一人の頭蓋骨を貫通した。
 「やべえよおい!」「逃げようぜ!」血だまりのなかに仲間を残し
敗走する彼らの背中にハチェットが飛んだ。死体がまたひとつ増えた。
 「ふざけんな!!」おめきたてる蛮族の足元で、生き残った盗賊は
へなへなと地上にへたりこむと涙と鼻水とよだれを流して泣き始めた。
 「ああよかった、『消沈』が効いたですね」
 ロバのかげから、精神集中のためいっそう汗みずくになった額を
拭きながら博士が立ち上がった。



 「みごとな腕前だった。」
 生き残った哀れなガガースのしもべを蛮族の戦士がさんざんに
 小突き回すのを見ながら、剣士は彼女をたたえた。
 槍の穂先の血脂を拭う腕は細かったがしなやかな筋肉につつまれ、
か弱さは微塵もなかった。
 「あんたたちもね。」彼女は蛮族の若者のほうを振り返り言った。
 「そいつ、おそらく賞金首なんじゃないかな?ここでぶっ殺しても
いいけど近くの村の番所に突き出せばこづかい稼げるかもよ。」
 そして手際よく盗賊を縄できつく縛りはじめた。
 「へ、慣れてるぜ」戦士は縄を結ぶ細い指に見入ってしまった。
 突然博士が感極まった口ぶりで話しだした。
 「いや、まったく今日はまたとない光景を目にいたしました。
これぞ我ら探求の旅の学徒として、このうえない幸運!どうか今夜は
私たちとともに休まれて、いろいろなお話を聞かせていただきたい!
おお感謝します、ランカー・マイよ・・・」
神に感謝を捧げ終わると、博士はふところから巻紙を取り出し、
初めて見る女戦士の姿をせっせとスケッチしはじめた。
 

(第1章続き)

 火の季、それは二柱の神々が覇権を争う季節だ。
 太陽神イェルムはその身を白熱するほどに燃え上がらせ、
大地を焼け焦がす。負けじと嵐の神オーランス
乾いた大地に荒れ狂い、砂煙を巻き起こし太陽の姿を
隠さんばかりに空気を黄色く濁す。
 地上を這い回るものは全て神々の猛威から逃れ、いかなる小さな
物陰にも身を寄せて息をひそめ、夕暮れを待つのだ。
 ここプラックスの北の端、生物の気配さえない街道に三つの陽炎が
ゆらめいた。奇妙な旅人たちが、熱気と埃に吹きさらされながら
てくてくと歩みを進めていた。


 「暑いですねえ、本当に。」
なぜか満足げなつぶやきを洩らすのはロバにまたがった若い男だ。
ひょろりとした長身と、まだ幼げの残る顔を不ぞろいなひげが
うっすらと縁どる。あごひげだけは長く伸ばそうと
努力しているのか、きちんと手入れされている。頭のてっぺんに載せた
白い小さな丸帽で顔の周囲の生ぬるい空気をかきまわしては、白い
手巾でひたいの汗をぬぐっている。
「当たり前だろ!何だってこんな日盛りに道を歩かなきゃ
なんねんでえ。何考えてるんだか、ランカーマイの博士ってのはよ。」
 ”博士”にかみついたのは精悍な蛮族の戦士だった。角のついた
兜の片方の角は折れており、戦士は首をかしげて平衡を保とうと
努力していたが、汗と重みでどうしてもはすに傾いてしまう。逞しい
肩には狼の毛皮をはおり、長年使い込んだとおぼしい艶光りする
長柄の戦斧を担いでいたが、雄雄しかるべき蛮族のいでたちも
汗とほこりにまみれ、そのうえ徒歩では精彩がない。
「今夜は寝台で眠りたいと言ったのはお主であろう。」
重々しい声が響いた。乗馬が気の毒なほど、巨大な体躯の男だ。
 暗い色の髪を刈り込んだ頭はまっすぐ前を向き、悠然と歩を進める
その背中には人の背丈ほどもある大剣が背負われている。
 山のように盛り上がる男の肩の筋肉を観察しながら博士が言った。
「そう、次の村に夜までに着くには昼間がんばって歩かないとね。
それにこのランカー・マイ寺院でもらった『グローランサ風土記
によれば、”コノ地方ニ於イテハ夏期ノ午後ニハ天候急変シ雨降ル事
多カリトナム”って書いてあるんです。それを体験してみなきゃ!」
 「日照りの次は雨かよ、まったくありがてえぜ、知識ってもなあ」


 蛮族の若者のぼやきが風の中に消えぬ間に、はやひとすじの涼しい
風が吹き渡ってきた。見る間に空はかきくもり灰色の雲が日差しを
隠し地上を薄暗く覆った。
 「ほらね、オーランスの恵みが私たちに・・・」
微笑む博士の言葉は大剣が鞘からぬかれる刃鳴りで遮られた。
 「違う。『ガガースの息』だ。見ろ。」
三人の目は街道の行く先に注がれた。


 
 

(第1章続き)


 ルナー帝国領ボールドホーム駐留軍の百騎長、
通称「シルバームーン」のファーレンは大きな喜びに胸躍らせながら
指令本部から退出した。彼にとって、かつてない重要な任務が
下されたのだ。
この任務の成否の如何は全て自分にかかっている。部下をいかように
動かそうとも思いのままだ。無事に任務を完了し帝国に新たなる
栄光を付与することができたなら、長年夢見ていた昇進さえも
大いにありうる。ヤーナファル・ターニルのルーン王に推挙される
かもしれない・・・!
 手の中に握りしめた指揮官ユーグリプタス直筆の命令書がそれらの
空想を保障してくれているようにファーレンには思えた。
 兵舎の廊下をゆくかれの靴音も、胸の高鳴りにあわせるように
天井たかく響くのだった。


 しかし食堂に集合した兵卒たちには、彼らの上官のように希望に
燃えて、というわけにはいかなかった。ひどく困難な任務であろう
ことは、上官の張り切りようから知れたからだ。


 「今日われらに新しい任務が与えられた。畏くも赤の女神様が
ご神託によって授かった古代遺跡の正確な場所の特定である。並びに
周辺の警護、遺跡までの往来の安全確保、治安維持である。これらの
任務が完了した後イリピー・オントールの博士たちが現地にはいり
詳しい発掘調査を行う予定である。その結果しだいではあるいは
皇帝陛下がおん自ら御行幸あそばされるかもしれないという話だ。
・・・何か質問は?」

 「要するに、何でもやれってことですね」「サーターの流民でも
狩り出すんですか?」「その遺跡ってのはいったいどこに?」

 騒々しい兵士たちは上官の次の一言で石のように沈黙した。

 「寂涼丘陵の向こう、エルダ山の峰だ」


 重い沈黙のなかでファーレンは続けた。
 「たしかにあのあたりには良い噂は聞かぬ。混沌の生物の
揺籃の地であるとも言われているが、真相はわからん。我々は
その未知なる土地に勇気をもって第一歩を記す栄光を
与えられたのだ。このような重要な任務を果たさずして
男子たりえるか!」
 答える者はなかった。
 「三日後の夜明けに出発する。準備を怠るな。以上!!」
 
 ことさらに威儀を正し、ファーレン百騎長閣下は足音高く食堂を
出て行った。


 足音が遠ざかると、食堂の中は騒然となった。
「とんでもねえ任務だぜ!」「生きて帰ることなんてできやしねえ!」
「出世亡者のシルバームーン閣下、気でもふれたのか?」
「偉いさんに気にいられるためならなんでもする野郎だぜ、ペッ!」
「死にてえならてめえ一人でくたばりやがれ!イェルマリオ崩れが」
「死んだら出世もできねえのによ・・・ああ神様、お助けを」

 兵士たちは声高に上官を罵り、おのおの彼らの神に祈りを捧げた。
なかにはそっとオーランスにも助けを求める者たちもいたのである。


 部下たちが己の不幸を嘆いている間、
シルバームーンのファーレンはひとり自室で地図を広げ、これから
始まる偉大な作戦に思いをはせた。
司令官から地図とともに預かった、厳重に封をされた平たい木箱の
おもてをそっと撫でた。興奮はおさまりそうになかった。
 彼のひたいから落ちかかるほとんど銀色の髪と、つねに顔の
左半分を覆っている銀色の仮面のほほにさえ上気した血の色が
浮かび上がるかと思えるほどに。